団塊の世代 「団塊65」

終戦直後の昭和22~24年(1947-1949)の第1次ベビーブームに生まれた
巨大な団塊の世代が今年から65歳となり、完全リタイアの「適齢期」を迎えた。
60歳以上の消費支出は100兆円を超え、日本全体の44%を占める。

定義として、250万人以上の出生数であった3年間にわたる第一次ベビーブームに
出生した1947年から1949年までの世代を指し、3年間の出生数の合計は約806万人に
のぼる(厚生労働省の統計。 http://j.mp/KdKkBb
つまり、2015年まで、約806万人にわたる、「大定年時代」がやってくることになる。
62歳~65歳の日本の人口比率6.2%の人たちが市場を牽引していく。
KandaNewsNetwork KNN

ベトナム
ベトナムと日本の年齢別人口分布(2005年)
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2055年には9000万人割れ…日本の人口推移をグラフ化してみる
カンボジア
海外投資の歩き方
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アジア調査
タイの人口6544万人、100年前の8倍

中国の領土観念とそれに関わる語彙概念

日本人の歴史感覚でいえば、琉球などが貢ぎ物をもった使節を派遣したからといって、
その国が属国になるわけではない。卑近なたとえでいえば、お辞儀をし、へりくだった
物言いをし、おみやげを持参したからといって、相手に隷属するはずはないだろう。

さらにいえば、「属国」と「属地」は大いにちがう。前者は曲がりなりにも別の国なのに対し、
後者は領土、もしくはそれに準ずる同じ国の一部にほかならない。琉球が「属国」でも論外
なのに、中国人はさらにそこを自らの「属地」だと考えている、とあっては、
いよいよ以ての外である。

しかし以上は、しょせん日本人の感覚だということを忘れてはならない。
「藩属国」を「属国」と訳しても誤訳ではないのと同時に、「属地」と言い換えても、
決して改竄ではない。そうなってしまうところに、日中の摩擦をもたらす大きな理由がある。

「藩属」といい「属国」といい「属地」といい、どの漢語も指す実体は、歴史的にみれば
大した違いはない。いずれも貢ぎ物をもってきて、儀礼上、中国の下位に立つから、「属」
という字がつく。それは本来、儀礼的な意味しかなかった。

ところが19世紀の末から20世紀にかけて、近代的、国際的な支配隷属関係を
同じ「属」という漢字であらわしたことで、事情がかわってくる。列強の脅威を感じた
中国は、儀礼上の「属国」に実質的な従属の意味をもたせ、関係をかえはじめた。
琉球も朝鮮も、その過程で日本と対立し、戦争にまでなったのである。また「属地」
も20世紀に入って、近代的な領土とひとしい意味で用いはじめた。こちらはチベットや
モンゴルが該当し、現代の困難な民族問題の出発をなしている。

かくて「属国」「属地」ともに近代的な意味では、日本人の使う漢語と同義になった。
というよりも、近代の日本漢語が中国語化した、というほうが正しい。

しかし中国語は、まったく同じ字面で、以前の意味をも兼ね備える。「藩属国」といえば、
それは「属国」にも「属地」にも言い換えられ、古い史実も近代的な意義をも包括できる。
そこから昔の「藩属」は、今の「属地」だという論理も生じてくる。
それが中国人大多数の感覚にほかならない。

中国の領土観念とそれに関わる語彙概念を知るには、その歴史をつぶさにみなくてはならない。
それを忘れた議論は一知半解、今回のように対立をいたずらに激化させるばかりで、
ひいては日本自身のためにもならない。官民ともそのことを肝に銘じるべきであろう。
以上下記より引用
尖閣のみならず沖縄までも領有権を主張する中国の領土観念  
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2125?page=1
2012年08月07日(Tue)  岡本隆司 (京都府立大学文学部准教授)

日本人同士の間でさえ、漢字「1字」に対する思い、感じ方は人それぞれではないか。
論者の「語彙概念」という視点に、深く共感する。主張・論点の深部にこのような
言語的背景があり、その個人、あるいは共同体・国家がどのように教育されてきたか、
何に影響を受けてきたかを知ることは相手の思想を知る上で極めて有効な手段である。
日本と中国間における「漢字」の取り扱いは我々が想像するほど容易なものではない
ことをこの記事で知る。

NHKスペシャル「中国文明の謎」~中華思想~ 独特の選民思想(中夏思想)
「中華」とは、もともと「中夏」と書いたらしい。※夏王朝が立証されたかの真偽はギモン。 

【加瀬英明&石平】中華思想の誤解が日本を亡ぼす[桜H22/9/16]
日中友好は日本を滅ぼす
1)資源争奪戦
2)台湾問題
3)日本の国連常任理事国入り問題
提言1)冷やすべし、1億総熱狂の中国進出ブーム
提言2)構築すべし、距離感をもったクールな日中関係
提言3)警戒すべし「東アジア共同体」の落とし穴
石平 vs.加瀬英明『徹底解明! ここまで違う日本と中国』書評 加瀬英明
・「人民共和国」は日本語
・倭の奴国: 小な隷の国と名付けるセンス
・周辺民族を東夷・西戎・北狄・南蛮と呼んでいた排他的価値観
・国名を持たない国: 清は王朝名、世界の中心が中華民族という意識があるため
国名は不要と考えていた。
・日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す の意義と 聖徳太子
・多くの大富豪がいたのに、今日にいたるまで、西洋美術館が一つもない
・中国美術以外に価値を認めないと加瀬氏

今日の切り取り20120817

繰り上げ返済による悪影響とは、資金繰りの悪化だ。これは手許現金が減るリスクだから、
企業会計で言うとキャッシュフローの悪化となる。

たまに企業が利益を出しているのにつぶれてしまう、黒字倒産というものがおきる事がある。
企業会計では発生主義と言って、取引が発生した時点と現金のやり取りが行われた時点を
分けて考える。つまり、売り上げはたっているのに回収に時間がかかり、
支払いや借金の返済が先に来てしまうと手許現金が無くなり、支払いが出来なくなる=倒産、
といった事が現実に起きうる。

これは家計でも考慮すべきリスクで、利息負担が減る=利益になるからと繰り上げ返済
をやりすぎると「黒字倒産」、つまり家計の破綻が起きる可能性が高まる。
なぜなら繰り上げ返済による利息軽減の効果が出るのは返済期間終了間際で、
それまでは悪影響(手許現金の減少)しかないからだ。
繰り上げ返済は本当にお得なのか? 前編

お金を借りるという事は「支払いを先伸ばしする権利を買う事」と同じで、
利息はその手数料だ。繰り上げ返済はせっかく買ったその権利を「返品」する行為
に他ならない。手数料は浮くが、先延ばしできなくなった分資金繰りは悪化する。
繰り上げ返済は本当にお得なのか? 後編

まず持ち家は資産(価値がある)かどうかについて、言及してみよう。
住宅ローンを組んで家を買った場合、一般的な感覚としては返した分だけ自分のものになる、
といった所だろう。これが一つ目の幻想だ。

また、経年劣化を考慮すると家の価値は毎年のローン返済額と同じかそれ以上に落ちていく
ケースが多い。家の価値は、住める・貸せる・売れる、の3点しかない。ローンを返し終わった
築35年のマンションに一体どれだけの価値があるのか? 売っても貸しても大した金額にならず、
買い手・借り手が簡単に見つかるとも限らないので、時間がかかればその分だけ損失は膨らむ。
住み続けるには大規模な改修や建替えで新しいマンションが買える位の費用がかかる事もある。
三つの価値はいずれも大幅に減る事は分かっているわけだから、
家は資産だと言い張る事には無理がある。

つまり「返済した分だけ自分のものになる」のではなく「返済した分だけ消費していく」
と考えたほうがより実態に近い。住宅はいつか壊れて使えなくなるのだから、家を買う事は
「家賃の長期前払い」であって、それ以上でもそれ以下でもない
(細かい説明は「割引現在価値法」で検索すれば説明しているサイトは沢山ある)。結局、
「持ち家は資産である」という考えは経年劣化(企業会計で言う減価償却)を無視した
無茶な考えである事は容易に分かるだろう。
持ち家は資産か? 持ち家に関する二つの幻想

あるファイナンシャルプランナーは著書の中で「持ち家と賃貸はどっちが得か?
というテーマでの執筆依頼は多いが、全て断っている。条件(変数)を少し変えればどっちが
有利かいくらでも変えられるからだ」と書いている。おそらくこの説明が持ち家と賃貸
の比較に関する全てを物語っているだろう。もう一言付け加えるなら
「重要な事は損得ではなく資金繰り」ということになる。
持ち家に関する二つの幻想〜そろそろ決着をつけたい「持ち家と賃貸はどちらが得か?」というくだらない論争〜  

※変数は、「所有欲」「利便性」「居住性」「周辺環境」「予算」など様々で、その優先順位も人それぞれ。
資産価値の劣化を考慮することで「賃貸派」の優位性を強調。しかし論者は「中立派」とのこと。

日本史の別の見方のために(ある方の書評)

日本中世史を専門とする著者の大学の講義に基づく。日本史の常識ともいえる見解に対し、
異なる見方を提示していく。平易な語り口で書かれており、読みやすい。
しかしその平易な語り口から見えてくるものは、まさに目から鱗が落ちるようなものだ。
実に素晴らしい本である。

前半部は13世紀の日本社会の変動について。著者は、13世紀をもって日本の社会は
断絶的に変化した、と語る。
その自説を様々な分野において検証していく。文字、貨幣、宗教、女性の地位、天皇。
どれも重要な問題であり、多くのことを教えられる。平民に普及した平仮名と、
神聖な意味を持った片仮名。古代早くからの貨幣の使用と、中世における市場。
宗教の話では、「非 人」と呼ばれる人たちは必ずしも卑しめられていたわけではない、と語る。
通常の捉え方とは異なる見方を慎重に提示する。天皇の直属民だった神聖な民が、
やがて卑賤される民へ転化する筋は、かなりよく書けている。また、
江戸時代の女性がかなり自由だったという話は、きちんと押さえておくべきだろう。
明治以降、いつの間にか過去は男尊女卑だった、とされてしまったのだから。

最高に面白いのは後半部。ここでは日本社会が農業社会か、と問う。
そして「百姓=農民」という等式に疑問を呈する。商人や海賊などの姿を描いていく。
思えば日本の行政は、農地を基準に管理する。農本主義である。だから管理上の資料は、
農地に関するものが多い。そして後世まで長く保存される資料は、行政管理上のものが多いのだ。
したがって、歴史資料の多寡を見る限り、日本は農業社会である。だが本当にそうだったのか。

奥能登の時国家を題材として、「百姓=農民」という図式が崩れていく過程を描いた章は
実に素晴らしい。研究の進展を追体験できる。時国家は大型船を所有して海運を行い、
金融業まで営んだ大富豪だった。しかし行政上は「農民」である。また、
時国家で働いた人たちは、船で日本を飛び回る。
だが行政管理上は彼らも「農民」でなければならない。だが彼らに耕地はいらない。
だから名目上、土地を他から借りているだけの「水呑百姓」「小作人」である。
教科書では水呑百姓と言えば貧しい農民である。だが、そうではない。
彼らは土地を持てなかったのではなく、持つ必要がなかったのだ。
そして、「百姓=農民」図式から抜けられない新聞記者の話は笑える。

ハイライトは、農本主義と重商主義のせめぎ合い。行政は農地を基本とするから、
商業ネットワークは行政の管理外。したがってアンダーグラウンドだ。
そこで海賊などが海運や手形流通の確実性を保証した。著者は、
後醍醐天皇とその後の室町幕府のやったことは、農本主義から重商主義への転換だと述べる。
アンダーグラウンドだった商業ネットワークを活用することにより、
既存の秩序の改革をはかったのだ。豊臣秀吉の太閤検地などを経て、元に戻ってしまうが。

読みやすい本ながら、読めば読むほど驚かされる稀有な本である。
歴史に対する多様な見方を涵養するのに、とても役に立つ。教科書で日本史を学んだ人なら、
一度は読んでその歴史観を相対化すべきだ。誰もが読むべき一冊である。
By ex-phenomenologist


 歴史は過去の事実だから変えようがないが、史観は時代によって変わり、
時々の史観により語られる歴史は変わる。マルクス主義は下部構造が歴史の動力である
という史観を述べ、その影響で農民の支配史に光が当たってきた。一方で網野さんは
政権トップから農民に至るタテの支配関係では語りつくせない人々に光を当て、
その結果最近の日本人の史観を変えうるほどのインパクトを秘めていると思う。
 
本書は網野史学の入門書であり集大成でもあって、古代聖別民、ケガレと差別、
宗教観、天皇制、貨幣と商業活動、荘園公領制など論考の範囲は幅広い。一遍聖絵に
始まり荘園代官の報告書、フスマの裏張りとして残った商家の帳簿に至るまで、
これまで注目されてこなかった様々な史料を読み解きながら、
日本=農業社会、男尊女卑、単一民族、孤立した島国、といった日本史の固定観念に
挑戦していく。歴史好きには刺激的な一冊になるのではないか。

 日本人はコメを作る民族であるという定義は、元々は7世紀の政権が日本列島を
支配するために打ち出したテーゼだが、その後の長い歴史の中で民族の潜在意識のように
引き継がれてきた、かのような情緒的な思い込みは自分も含めてかなりあると思う。
稲作が主要産業だったことは事実でも、列島に支配者と農民しか存在しなかった訳ではなく、
長い商工業活動の歴史があり、商道徳や経済用語などソフトウェアの蓄積があるからこそ、
明治以降の急速な近代があり、現在の経済大国があると考えるのが自然ではないか、
と考えさせられた。

 そして網野さんが最初に言及した、歴史の区切り方について。「ものの考え方」
で日本史を区切ると、室町時代と現代に転換点がくるという。古代王朝政治、中世武家政治、
近代議会政治という政治体制分類とはまた違う時間の流れがあることは理解できた。
そして現代もまた転換点であるという。その理由を若者の言動に見出している点、
おじいちゃんの愚痴のようでもあるのだが、社会の変化が伝統的な価値観を揺るがせている
のは事実。現代を哲学することは本書の主題ではないが、自分にとっては宿題のように残った。
By waves

網野 善彦(あみの よしひこ)著
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

書評で読んだ気になって終わってしまう事多々... 今年中に読みたい。
「史観の相対化」は偏りの排除、「史観は時代により異なる」はgeneration gap にも通ずる。

教える、教わる

人を教えることはできない、ただ自悟させる手助けをするにすぎない。
自悟(じご)=みずからさとること
ガリレオ・ガリレイ

 
英語教育が小学校から始まる、という話に関して、
最大の問題は、いつから習うかではなく、教え方だもの
小さい頃の方が、発音がよくなるっていうけど、
彼らはいったい誰の発音を覚えることになるの? 小学校の先生の発音?
それはかなり怖い感じでない??
2006-05-18 こっちの格差問題の方が・・・ Chikirinの日記


1、新人は先輩に割っては入れなくて当然(入れるやつがおかしい)
先輩は自分の仕事時間をさいて、ましてや残業までして教えたくないのも当然

2、言って、やって、任せて、ほめて、また修正 すると短期的にも効果高い
けど教えるの好きでなければ向いてないので無理しない。
(教えるときはむしろ新人の振る舞いや発想からこっちが新しい事を学ぶつもりで)
なぜ新人は聞きに来ないのか? teruyastarはかく語りき


「叱る」というのは自分の正義を押し付けることです。
理解を得る叱りは、それがみんなの共通の正義ではなく
自分の独善をお願いしているという前提で話すことです。

逆に「叱られる」というのは、必ず間違った常識や矛盾がついて回ります。
だから矛盾だらけの正しさを求めたり考える必要はなく、
ただの独善を認めて欲しい、受け入れて欲しい、という人情として捉えましょう。
「叱り方」「叱られ方」を考える teruyastarはかく語りき

問題の所在 
「重要なのは人間を変えることではなく、仕組み(システム)を変えること」
「GMとトヨタがそれぞれ同じ労働者を雇ったらどのような違いが出るのか」
問題は従業員にあったのではなく、仕組みにあったことが証明されたのです。
「怒鳴っても人間は変わらない!」史上最悪の工場を変えたシンプルな教え lifehacker


1 意識付けに多くの労力を費やす
2 ある程度距離を置く
3 周辺を整備する
4 目標設定を意識させる
5 付き添って見守る  
教えないという教育法 - 教えることが上手な人の5つの教え方 読んだものまとめブログ

書き続けることで得られるもの

1 情報を吐き出すことで整理できる
2 表現力と論理力を身につけることができる
3 視点を重層化することができる
4 知らないことを知ることができる
5 価値を提供できるようになる
自分の答えは書き続けることで見えてくる 読んだものまとめブログ

観点standpoint จุดยืน

「三菱がモルスタに20%程度の出資をし、野村がリーマンのアジアと欧州部門を
買うと言っている。ゴールドマンはまた住友に出資を依頼してきたらしい。
長く金融業界にいる人にとっては、なんとも言えない思いのするニュースだと思う。」※1
「日本では盤石の力を持つ野村(証券)も、しかし海外では全くプレゼンスが出せなかった。
地道にアジアでのビジネスを拡大し、欧米ではチームごと大金をはたいて外人を引き抜いた。
ひとつひとつは成功したり失敗したり。しかしそんな“一歩ずつ”のうち
手ではあまりにもゴールは遠すぎた。
その様子をみて“ほらね、単独では無理なのさ”と誰もにささやかれながら、
それでもかたくなに“飲み込まれること”を野村は拒否してきた。
“孤高の侍”みたいなプレーヤーだった。
遙か彼方の欧米プレーヤーの、時々見えなくさえなる背中に目を凝らしながら、
“唯一日本の証券会社”として海外市場でプレーすることを祈念してきたこの巨人にとって、
リーマンの破綻は千載一遇のチャンスと映っただろう...」※1

このブログを読んで、当時わたしもそう思ったし、同じくそう考えた方も多かったのではないか。
今数年を経て、以下のような評価がある。

「繰り返しになるが、野村が営業部隊に無理なノルマをかけたきっかけは、
破綻したリーマンブラザーズの欧州アジア部門を買ったことである。これが大赤字で
野村はムーディーズによる格付けを「投資適格の最下位」まで下げられた。
これ以下になると「投機的」となり、海外で資金調達できなくなる。
つまり外国でビジネスができない。
 モルガンスタンレーに出資した銀行最大手の三菱UFJフィナンシャル・グループも、
赤字要因に悲鳴を上げている。危ない会社を買ったのは野村や三菱の自己責任だが、
当時、米国の当局は傷が浅かった日本に協力を求めていた。銀行と証券のトップ企業がひと肌脱ぐ
のは国際協調とされたのである。助けたつもりが、実は負担を押しつけられていた。」※2

外資大手企業を傘下に収めたと見るのか、海外進出の足掛かりを固めたと捕えるのか、
米国政府の国策に「はめられたのか」、巨額の資金をつぎ込んで「他国の雇用を支えた」と
取るのか。これは水平的には観点の相違であるが、事実をどこまで把握しているのかという
情報量、情報レベルから生ずる垂直的な相違観でもある。

純粋な利益追求に基づいた意思決定だったのか、国家レベルのパワーバランスが働いたのか、
事実を知らないのでなんとも言えない。
わたしたちが知り得ないところで、一部の人間が知りえる限られた情報で、一部の人間が
世界を動かしている。そのことだけが唯一の知り得る事実かな。

2つ目の記事は、証券会社のインサイダー取引「背信ビジネス」からの引用。不正を不正と
感じることができなくなるほど不正に慣れ過ぎた業界体質の話です。(深代惇郎風)

2008-09-25 感慨、そして前へ?にっぽんの金融業界 ※1
2012-08-04 悪者は野村だけか 主犯は外資で法の外  ※2

時間感覚と日本人 150年史観

・明治初期に科学技術を日本に伝えにきたオランダ人技師たちは、
時間をまったく守らない日本人の悠長さに呆れ、困り果てていたという。※1

・後に貝塚を発見したことで名高いエドワード・モースも道路で馬車がやってきているのに、
「日本人がぼんやりとした形でのろのろと横に寄る」姿を見て以下のようにあきれている。※2

・定時法の導入や時計の普及など、西洋の近代的な時間システムをとり入れたあとも、
まだ日本の鉄道では30分ぐらいの遅れはあたりまえだったし、工場では労働者の遅刻が横行。
そこで米国生まれの科学管理法を導入したり、大正期には政府が「時の記念日」を制定し、
国を挙げて時間規律の浸透に力を入れた。その結果、ようやく鉄道や工場で時間が守られる
ようになっていったのが昭和初期、わずか80年ほど前のことにすぎないのだ。※1

・トインビーの言うとおり、四杯の上喜撰で目を覚ました日本はそれから150年間、
必死に崖を登り続けたのだ。疲れるはずだ。そろそろしばしの休憩に入る時かも知れない。※3

<短観>
150年前は、もっとゆっくりした時間が流れていた日本。鉄道の時刻表順守が慣習レベルで
日本全土に浸透したという有力説。
タイに関しては批判的な意見が多いですが、内容は以下のサイトを参考までに。
タイと日本、どちらの時間感覚が人として正常なのか...

※180年前まではユルかった!? 日本人が遅刻に厳しいワケweb R25
※2日本人はいかにして時間に最上の価値を置く社会になったかの150年史
Kousyoublog 山野光正
※3疲れたのかな? 武田邦彦 (中部大学)
※4タイ人と時間  タイに来ま専科
※5 タイ人の時間感覚  熱帯ぼけラミーのうわ言
※6<日・英・タイ比較> 職場での時間感覚 バンコクで働く。

自分自身と仲良くすれば、決して孤独にならない

Fear of the future is a waste of the present.
You never miss the water(oil) until the well runs dry.
If you make friends with yourself, you will never be alone.
自分自身と仲良くすれば、決して孤独にならない。

Three Rules of Work:
Out of clutter find simplicity;
From discord find harmony;
In the middle of difficulty lies opportunity.
Albert Einstein

おまけ(の方が長い): あなたの答えはどれだろうか。
Q. 人と人をつないでいるものは何か?
A1. 友情?恋愛感情?信頼関係?
A2. 勘違い、パワーバランス、妥協、金

Q. 意見が「同じ」ですかと問われて、「ハイ」というボタンを押している時とは?
A1. 価値観が似ている
A2. 興味がないので合わせているだけか、その場を流しているだけ
A3.. パワーバランスによる一方的な意見の押し付け、妥協、勘違い
A4. そもそも意見が「同じ」なんて本当にありえるのか? ねえょ。

(自分以外の)誰かのことを理解しようという行為は大切なことだし、
結果的に妥協をして自分の考えとは異なる方法をとったとしても、
自分が気付けなかった新しい何かを見つけることだってあるので、
その全てが悪いことばかりだけではない。協調性も大切なことだ。
ただし、
自分が同調する場合、又は同調される場面において、
「意見が同じなんだ」というバカげた勘違いだけは避けねばならない。

そんなことをこの年まで半ば信じていた自分のような人は
本当に「オメデたい」人で、ある意味幸せだったのかも。
だから、人の意見を鵜呑みにしたり、情報操作されて、バイアスを
かけられたマスコミの情報を間に受けてしまうのだ。

「温度差がある」
という表現は、便利でとても的を得た説明ができる言葉だ。

・温度差がある場合の方が、むしろ普通(よくある場面)。

「あるよねぇ」なんて同調している言葉の掛け合いをするシーンが
よく出てくるが、「ねぇよ。」というのが正直な心の叫び。で、

いちいち反対意見を持ち出すと、ウザいしその場の空気壊すから、「あるよねぇ」と
その場を流しているだけ。

発想・視点・解釈 :山田厚史

貿易赤字は怖くない!?「経済常識」のウソ 11/12/03


山田厚史の「世界かわら版」ダイヤモンド・オンライン
【第1回】 ギリシャだけが悪いのか護送船団「ユーロ」の盲点  
【第3回】「TPP=自由貿易」の嘘・米国の術中にはまる事前協議
【第4回】 日本の「貿易赤字」は怖くない・困るのは「魔法の財布」失う米国
【第7回】 ドイツの放送局が問う「フクシマの嘘」とは・元凶に触れず再稼働する野田政権の愚行 
【第14回】 大儲けのJALが「法人税ゼロ」税金で救済された企業の社会的責任は

即断即決 マッカーサー 引き出しないの机

何事も即断即決したマッカーサーの机には引き出しがなかった。
という有名な逸話。
マッカーサーの使ったという机は連合軍が
第一生命ビルを接収する前に 第3代の石坂泰三社長が使っていたものを
マッカーサーが使ったというのが真相。(第一生命の説明パンフレットによる)
即断即決のマッカーサーと引き出しのない机の因果関係は直接なかった 
というのが正しい解釈ではないでしょうか。 引用:マッカーサーによる「上からの革命」

マッカーサーの机
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